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松江地方裁判所 昭和29年(ワ)174号 判決

原告 森脇市太郎 外一八名

被告 丸井漁業株式会社

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の連帯負担とする。

事実

原告等の訴訟代理人等は「原告等が別紙目録記載のとおりの各株式数を有する被告会社の株主であることを確認する。被告会社は原告等に対し右各株式数に対応する株券を発行せよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

被告会社はいわし揚操網漁業鮮魚運搬その他一般水産業の経営を目的として昭和二十六年十一月六日設立せられた株式会社で、設立の翌月増資をなした結果による当時の総資本は三百万円、株式は記名式で一株の額面は五百円、発行済株式数は六千株であり原告等は別紙目録記載の各株式の払込みをなして株主となつたものである。

しかして当時被告会社の役員には代表取締役に原告森脇市太郎、取締役会長に訴外井川克巳、専務取締役に被告代表者林伝、常務取締役に原告森脇敏郎および訴外林文平がそれぞれ就任し、昭和二十七年十一月二十八日の第一回定時株主総会における役員改選の結果原告森脇市太郎がその地位を退いて林伝がこれに代つたが、爾来被告会社は原告等の株主権を否認し、かつ翌二十八年三月頃株主一般に対し株券の発行をなしたのに原告等に対してこれを発行しない。

よつて原告等は被告会社の株主であることの確認を求め、各株式数に対応する株券の発行を求めるため本訴に及んだものである。と述べ、

被告の本案前の答弁に対し、原告等六名が被告主張の頃訴訟外において本訴請求を放棄する旨の意思表示をなしたことは認めるけれども、それは次に述べる理由によつて無効である。

すなわち、右原告等のうち森脇敏郎は被告会社を主な取引先として鮮魚箱製造業を営んでいるものであり、松本豊は被告会社の漁獲に依存する関係にある訴外大海水産株式会社の取締役であり、また松本繁次郎、田原新四郎はともに被告会社に雇われている船員であり、更に内村章、森脇柳太郎もそれぞれ被告会社に対して密接な関係を有するものである。のみならず、これ等原告所有の各株式は実は原告森脇市太郎において払込みをなしたものであるから、右原告等は本訴請求について実質的にはさした利害関係をもたない。被告会社はこれ等の関係を利用し、右原告等に対して訴訟外において本訴請求を放棄させたものであるから、被告会社の所為は公序良俗に反するものである。と述べ、

被告の本案に関する抗弁に対して次のとおり陳述した。

一、被告主張の抗弁事実のうち、被告会社の株主に原告森脇市太郎を代表者とする原告等十九名(以下森脇側株主という)と、訴外井川克巳を代表者とする訴外振洋漁業株式会社等十三名(以下振洋側株主という)との二派があり、所有株式数が各派とも三千株宛であつたこと、昭和二十七年六月頃被告代表者および訴外林文平が振洋側の単なる名義上の株主であつたこと、被告会社に原告森脇市太郎および訴外振洋漁業株式会社の各貸借金口座があつたこと、原告市太郎と訴外井川克巳が被告会社の運営について協議をなしその結果被告主張の頃覚書と題する書面が作成されたこと、被告主張の株主総会において第一期決算報告書を満場一致で承認したこと、当時原告森脇市太郎の被告会社に対する債務が金二百二十二万千三百三円七銭あつたこと、またその頃森脇側株主が被告会社の債務について個人的な保証をなしていたものが被告主張のとおりであること、はいずれもこれを認めるが、その余については争う。

(一)  被告主張の五百株の譲渡について

(1)  原告森脇市太郎は被告主張の五百株を被告代表者等に譲渡したことはない。

(2)  かりにその約束があつたとしても、それは原告市太郎が被告代表者及び訴外林伝に対し各二百五十株所有の株主である名義を貸与するため、同人等と通謀してなした仮装の譲渡であるから無効である。

(二)  被告主張の二千五百株の譲渡について

(1)  原告等は振洋側株主に対して、被告主張の株式二千五百株を譲渡したことはない。

(2)  かりに被告主張の株式を譲渡する契約があつたとしても、株式の譲渡代金は単に額面金額を以て支払うというに止まらず、その後の双方の協議によつて株式のいわゆる時価を以て支払うという約束であつた。しかして通常株式の時価はその会社の資産(いわゆる含み資産をも含む)の内容、営業状態、事業の将来性及び配当金の利廻り等を勘案して決するところ、これらの諸事情を勘案して譲渡当時における右株式の価格を算定すれば、一株につき金千七百五十円ないし金二千五百円となる。

しかも右株式譲渡代金はそのうち、額面金額について現金を以て支払う約束であつた。当時右株式は原告市太郎の訴外山陰合同銀行に対する額面相当額の担保として同銀行に入質されていたので、これを振洋側株主に譲渡することになれば先ず同銀行に右債務の弁済をなす必要があり、そのためには少くとも額面金額について現金を必要としたからである。

(3)  かりに被告主張のとおりの契約があつたとしても、原告森脇敏郎は原告森脇市太郎の代理人ではないから被告主張の相殺は不適法である。また被告主張の保証債務も未解決のままになつている。

二、本件株式の譲渡は法律上無効または不成立である。

商法第二百四条第二項によれば、株券発行前の株式の譲渡は、会社に対する関係において効力を生じないから、会社から譲渡人又は譲受人に対する関係においても効力を生じないものというべきである。

また記名株式の譲渡は同法第二百五条に定めるところによるか、若しくは、商慣習の認める株金払込領収証に譲渡証書を添付する方法によらない限り、当事者間においても有効に成立しないところ、本件においては右法条によることを得ないし、また右慣習の認める方法によつたものでもないから結局その譲渡は成立していない。

三、被告主張の失効の原則について。

昭和二十八年二月頃被告会社は原告森脇市太郎に対して本件株式の名義書換に関する書類を交付し、その手続のためこれに森脇側株主の捺印を求めて来たことがあるが、市太郎は被告主張の株主総会の後前記株式の譲渡価格について協議が行われずそれが未解決であることを理由に被告会社の請求を拒絶した。原告等が被告会社の株主であることを主張しなかつたというのは当らない。

立証として甲第一号証の一ないし二十一、第二号証ないし第九号証、第十号証の一、二、第十一号証を提出し、証人船木真、福井周吉の各証言、原告森脇市太郎(第一、第二回)、森脇敏郎の各本人尋問の結果を援用し、乙第一号証の一、二、第二、第三号証、第十号証の六、第十一号証の一ないし四、第十二号証の一、二、三、第十三、第十四、第十五号証の各一、二の成立につき不知と答え、爾余の乙号各証の成立はいずれもこれを認めた。

被告訴訟代理人は、本案前の答弁として、原告森脇敏郎、内村章、森脇柳太郎、松本豊、松本繁次郎、田原新四郎に対する関係において訴を却下する旨の判決を求め、その理由として、右原告等は本訴提起後の昭和三十年八月訴訟外において本訴請求を放棄しているから訴の利益を欠くものである。と述べ、

本案につき、主文同旨の判決を求め、その答弁並びに抗弁として次のとおり述べた。

一、原告主張の請求原因事実は全部認める。

二、被告会社の株主には、森脇側株主と振洋側株主との二派があつてそれぞれ三千株宛の株式を所有していた。

しかして森脇側株主の株式はその全部について原告森脇市太郎が自由に処分できる程の実力をもつていたところ、同人は被告代表者及び訴外文平に対して合計五百株の株式を譲渡し、原告市太郎および他の原告等は振洋側株主に対して合計二千五百株の株式を譲渡した。

(一)  五百株の譲渡について

昭和二十七年六月頃被告代表者および訴外林文平は振洋側の単なる名義上の株主であるに過ぎなかつたところ、訴外井川克巳は、会社の役員が株式を所有していないのはその職務の遂行上妥当でないとして、原告森脇市太郎に対し、同人の持株の中から右両名に譲渡して欲しい旨依頼し、市太郎もその意を体して同月三十日伝及び文平に対して額面相当額の代価で各二百五十株を譲渡した。なお、譲渡代金の支払は、被告会社における原告市太郎の貸借金口座と訴外振洋漁業株式会社のそれとの間の振替決済によつてなし、両名の同訴外会社に対する精算は後に行つた。

(二)  二千五百株の譲渡について

(1)  原告森脇市太郎は被告会社創立の当初から会社に出勤しないで他の自己経営の事業に専念し、また自己の用途に充てるためその代表取締役たる地位を利用して被告会社の名義で他から金員を借り受けたりなどした。そこで振洋側株主はこれを憂慮し、その代表者井川克巳は原告市太郎と被告会社の運営について協議をなしたが、その結果森脇側株主はすべて被告会社から離脱することとなり、昭和二十七年九月二十一日双方の間に覚書という書面(乙第一号証の三)が作成された。

(2)  右覚書によれば、原告森脇市太郎は森脇側株主の本人並びに代理人として振洋側株主(その代理人訴外井川克巳)に対し、当時森脇側株主が所有していた株式合計二千五百株を全部譲渡する旨契約した。たゞしこの譲渡契約は、森脇側株主が被告会社から離脱することを前提とするものであつたから、振洋側株主との公平をはかるため、同年十月末日に行われる第一期決算の利益金はこれを全額処分して、森脇側株主との間の精算をおこなう趣旨のものであつた。従つて右契約には、

(イ) 被告会社が森脇側株主に対して、右決算期における利益金を配当金として支払うこと、

(ロ) 被告会社の債務のうち森脇側役員が個人的な保証をなしているものについては、被告会社がその債務の返済をなすか、又はその保証債務を消滅させるような適宜の措置を講ずること、

の各停止条件が附され、なおその譲渡の効力は、振洋側株主が森脇側株主に対して額面金額に相当する譲渡代金を支払うまで、これを留保する旨の特約があつた。

(3)  しかして被告会社は、原告主張の株主総会において満場一致を以て承認せられた第一期決算報告書(乙第五号証の三)にもとずき、前記の趣旨にそつて、当期における利益金は法令による積立金等の社内留保を除いて全額配当金に振当てることとし、同月三十日原告森脇市太郎に対し、五割の割合による配当金五十万円のほかこれに割増金、役員賞与等を附加し、また振洋側株主のために前記譲渡株式の額面相当額百二十五万円を立替え、合計二百二十一万五千九百六十七円を支払つて精算を済ませた。

たゞしこの計算は、前記株主総会に先立つて、原告森脇市太郎の代理人である原告森脇敏郎が関与してなしたうえ、前記決算報告書と並行してなされたものであつたからその数額につき市太郎はじめ他の森脇側株主にも異議はないものと考え、被告会社は右敏郎の承認を得て、当時被告会社が市太郎に対し有していた貸付金債権二百二十二万千三百三円七銭と対当額において相殺するという形式によつて精算した。

また当時森脇側役員が個人的に保証していた被告会社の債務は、訴外山陰合同銀行に対する金九百五十万円の債務だけであつて、それは原告市太郎が保証をしていたが、被告会社が同年十二月十一日に至つて弁済した。

かようにして右の条件は成就しかつ譲渡代金も支払つたから前記株式は振洋側株主に譲渡されたことになる。

(4)  なお、かりに原告敏郎に前記代理権がなかつたとしても、原告市太郎は被告会社創立当初から自己の代理として敏郎を会社に出勤させていたほか、昭和二十七年七月頃同人が被告会社の常務取締役を辞めた後もなお公私の区別なくその代理をさせていたから、被告会社ないし振洋側株主が同人に前記代理権があると信じるについては正当の理由があつた。

三、かりに右譲渡の効力が認められないとしても本訴請求はいわゆる失効の原則によつて許されるべきでない。

被告会社は原告森脇市太郎が代表取締役の地位を退いた後もなお同人に対し、数回にわたつて融資をなし、また昭和二十九年二月頃同人が刑事事件のため勾留せられた当時見舞金を贈与したこともあるが、原告市太郎をはじめ他の原告等はこれ等の機会にもまたその他の機会にも、被告会社に対して自己の株主たることを主張せず勿論株券の発行もこれを求めなかつた。そのため被告会社は原告等を株主として遇せず、またそうすることを何人も疑わなかつたにかかわらず、原告等は被告会社の業績があがり経営も充実して株価も上昇したのに着目し、二年間位も経過した後突如株主たることを主張して本訴に及んだもので、その権利の行使は信義誠実に欠けるものといわねばならない。

四、株式の譲渡は株券発行前といえども有効になしうる。

商法第二百四条第二項にいわゆる株券の発行前とは、会社が株券を発行しうる合理的時期以前を意味するものと解すべきである。けだし現行商法は旧法と異り、株式取得者の氏名を株券に記載することを以て名義書換の要件とせず、また株式流通自由の鉄則を堅持しているところ、若し株券発行前の株式の譲渡の効力を認めないならば、会社は自ら株券の発行を遅延することによつて事実上株式の流通を阻止することができることになり、右現行商法の精神に反するからである。本件の場合その合理的時期を過ぎていることは明白である。

なお株券発行前における株式の譲渡は意思表示のみを以て足るものと解すべきである。法律行為は不要式を以て原則とし要式行為は明文のある場合に限られるからである。商法第二百五条は株券発行後の株式譲渡の方式を規定するものであるから本件に妥当しない。

立証として、乙第一号証の一、二、三、第二、第三号証、第四号証の一ないし二十、第五号証の一、二、三、第六号証の一、二、第七号証の一ないし五、第八、第九号証、第十号証の一ないし六、第十一号証の一ないし四、第十二号証の一、二、三、第十三、第十四、第十五号証の各一、二、第十六号証の一ないし六、第十七号証、第十八号証の一、二、三、を提出し、証人永島運一、林文平、井川克巳(第一、第二回)の各証言、被告代表者本人尋問の結果を援用し、甲第八号証、第十号証の一、二の成立につき不知と答え、爾余の甲号各証の成立はいずれもこれを認めた。

理由

第一、先ず原告森脇敏郎、内村章、森脇柳太郎、松本豊、松本繁次郎、田原新四郎等の訴に対する被告の本案前の主張について考えてみるに、成立に争いのない乙第十六号証の一から六までと被告代表者本人尋問の結果によれば、右原告等はいずれも訴訟外において本訴請求を放棄する旨の意思表示をなした事実が認められる。

けれども、請求の放棄はその訴訟の口頭弁論又は準備手続において口頭でこれをなすべきであつて、訴訟外において本訴の請求を放棄するという意思を表示しても、それは法律上何等の効力がないものといわなければならない。被告の右主張はこれを認め得ない。

第二、次に本案について判断する。

一、被告会社がいわし揚操網漁業、鮮魚運搬、その他一般水産業の経営を目的として昭和二十六年十一月六日設立せられた株式会社であること、その翌月増資を行つた結果による当時の総資本が三百万円、株式は記名式で一株の額面が五百円、発行済株式数が六千株であつたこと、原告等が別紙目録記載の株式の払込みをなして株主となつたこと、その頃被告会社には森脇側株主と振洋側株主との二派があり、各派の持株が三千株宛であつたこと、その当時被告会社の役員は、原告森脇市太郎が代表取締役訴外井川克巳が取締役会長、被告代表者が専務取締役、訴外林文平および原告森脇敏郎が常務取締役であつたこと、被告会社が株券の一般的発行をなしたのは昭和二十八年三月であるが、原告等に対してはその発行をなしていないこと、はいずれも当事者間に争いのないところである。

そこで以下被告の抗弁について考えてみる。

(一)  被告主張の五百株の譲渡について

(1)  昭和二十七年六月当時被告代表者および訴外林文平が振洋側の単なる名義上の株主であるに過ぎなかつたこと、被告会社に原告森脇市太郎と訴外振洋漁業株式会社との各貸借金口座があつたことは当事者間に争いのないところ、この事実と成立に争いのない乙第五号証の二、三、第十八号証の二、証人林文平の証言によつて真正に成立したと認める乙第十四、第十五号証の各一、二、証人林文平、井川克巳(第二回)の各証言、被告代表者本人尋問の結果および弁論の全趣旨を綜合すると次の事実が認定される。

昭和二十七年六月当時原告市太郎はほとんど被告会社に出勤せず、その運営は事実上原告森脇敏郎、被告代表者林伝および訴外林文平等において担当していたが、伝と文平の両名は振洋側の単なる名義上の株主であるに過ぎなかつたので、たまたまその頃行われた役員会での席上訴外克巳から原告市太郎に対し、現職役員が株式を所有していないことはその職務の遂行上妥当でないから伝及び文平に株式を譲渡して貰いたい旨依頼し、市太郎はこれを諒承して同月三十日その所有株式のうちから両名に対し各二百五十株宛を譲渡した。なおその譲渡代金は額面金額によることとし、同人等は訴外振洋漁業株式会社に一時立替えをなさしめて前記各貸借金口座の間で振替決済の方法によつて支払われた。かように認定せられる。

(2)  もつとも成立に争いのない甲第四号証には、同年八月頃原告森脇市太郎が訴外山陰合同銀行に対して、被告会社の株式三千株を入質した旨の記載があり、また成立に争いのない乙第九号証の記載内容を原告森脇市太郎(第一回)森脇敏郎の各本人尋問の結果に結びつけると、あるいは右入質の記載のとおりであるやに思われ、当時右三千株がなお原告市太郎の所有に属していたのではないかと考えられないでもない。けれども(イ)右甲第四号証、乙第九号証の各記載が三千株全部を原告市太郎の単独所有であるかの如くすることは、原告等十九名が被告会社の株主であるとする本訴の主張と矛盾すること、(ロ)成立に争いのない乙第四号証の一ないし二十、前示乙第五号証の三、証人井川克巳の証言(第一回)によれば、原告等は昭和二十六年十一月十九日被告会社設立の際合計千五百株の株式を引受け、同年十二月二十六日増資の際更に同数の株式を取得していることが明らかであるのに、乙第九号証の記載は右設立の際三千株分について一度に払込みがあつたものとされていること、(ハ)右乙第九号証、証人船木真、福井周吉、林文平の各証言、原告森脇敏郎の本人尋問の結果および弁論の全趣旨を綜合すれば、原告森脇市太郎と訴外山陰合同銀行片江支店長月坂延とはかねて懇な間柄であり、市太郎は同銀行から金員を借り受けたが同銀行の手続が不完全であつたため、昭和二十七年八月頃右支店長の進退に影響するような事態が起り、乙第九号証はその整理の辻褄を合わせるために作成された事実が認められること、等の各事実に徴すれば、右甲第四号証および乙第九号証の各記載は前記株式譲渡の事実を認定する妨げとはならず、原告森脇市太郎、森脇敏郎の各本人尋問の結果のうち、右認定に反する部分は措信できない。

(3)  原告等は、右の譲渡は被告代表者および訴外林文平に対して、株主としての名義を貸与するために行われた仮装のものであると抗争するのであるが、これを首肯するに足る証拠はない。

(二)  被告主張の二千五百株の譲渡について

(1)  前記甲第四号証、証人林文平の証言、被告代表者本人尋問の結果およびこれ等によつて真正に成立したと認める乙第十号証の六、第十一号証の一ないし四、証人永島運一、井川克巳(第一、第二回)の各証言、原告森脇市太郎の本人尋問の結果(ただし後記措信しない部分を除く)および弁論の全趣旨を綜合すると次の事実が認められる。

原告森脇市太郎は被告会社設立の当初からほとんど会社に出勤せず、森脇興産と総称する底曳漁業等の自己の事業を経営し、また他の会社の役員などにも就任していた。そのため多額の事業資金を必要とすることもあり、被告会社からこれを借り受けるほか被告会社の名義で他からも調達し、その間にはとかく公私がこんごうし勝ちであつた。さような事情から振洋側株主の間に不安と不満が募り、訴外井川克巳は振洋側株主を代表して原告市太郎と被告会社の運営について協議するに至つた。もともと被告会社は、下関市に住所を有する訴外振洋漁業株式会社(その代表取締役は訴外井川克巳)が島根県下に入漁するために同県下の肩書住所地で設立されたもので、原告市太郎等はこれに力を添えるということだけのものであつたから、右協議の結果森脇側株主はすべて株主たる地位を退いて被告会社から離脱するということになつた。かように認定せられ、この認定とていしよくする甲第十一号証の記載および原告森脇市太郎の本人尋問の結果はたやすく措信できない。

しかして右協議の結果昭和二十七年九月二十一日覚書と題する書面(乙第一号証の三)が作成されたことは当事者間に争いがない。

(2)  そこで右覚書と題する書面の内容について考えてみよう。

(イ) まずその文言によると、(い)被告会社は同年十月末日に行う決算の結果利益金を配当として支払うこと。(ろ)森脇側株主はその所有株式全部を振洋側株主に譲渡すること。(は)被告会社の債務のうち森脇側の役員が個人保証をしているものは、被告会社においてこれを返済するか又はその保証債務を消滅させること、等がそれぞれ定められ、かつ「配当金の支払を終つたとき……株式の全部を……譲渡する。」「個人保証……の債務の返済を終るか、又は保証の義務を抹消する迄は……株式譲渡の効力を保留する。」と特記されているから、該書面による契約は、右(い)(は)の二条項を停止条件とする株式譲渡の契約であると認めるのを相当とし、他にこの認定を妨げる証拠はない。

なお原告森脇市太郎が森脇側株主の株式全部について、これを自由に処分できる程の実力をもつていたこと、および右契約が、森脇側株主本人並びに代理人としての市太郎と、振洋側株主を代理する訴外井川克巳との間に締結されたものであることは、原告等の明らかに争わないところである。

(ロ) 次に右株式譲渡の代価について、被告は額面相当額によるものであつたと主張し、原告等はそれを当然に超過する時価により、しかもそのうち額面金額だけは現金で支払う旨約したと主張するのであるが、(い)前顕乙第五号証の三及び弁論の全趣旨によると、右契約当時被告会社の運営が好調であり、前記決算の際にはかなりの収益が見込まれたと思われること、(ろ)右覚書の文言には「決算の利益金処分による配当をなし」としまた「額面金額は現金を以て支払う」と記されていること、(は)二派のしかも同じ勢力の株主群によつて構成され、かつ運営されていた被告会社が、うち一派の引退によつて他に引継がれるようになつたことは既にみたとおりであるところ、証人林文平の証言および弁論の全趣旨によれば各派株主は森脇側株主の引退に際し、被告会社の利益金を公平に分配するべく予定していたと思われること、(に)さきに認定したとおり原告森脇市太郎は訴外山陰合同銀行から金員を借り受け、形式上本件三千株の株式を担保に供した如く装うていたところ、証人林文平の証言被告代表者本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、原告市太郎はこの事実を訴外井川克巳等には秘したまま前記覚書と題する書面の作成に及んだ事実が認められるから、原告市太郎は当時少くとも額面金額については現金が入用であつたと推認できること、等の事実を綜合して考察すれば、前記覚書による契約は被告会社における利益金等の公平な分配を主とし、株式の譲渡はこれを従とする契約であつたとみるべきであり、従つて株式そのものの譲渡は額面金額を以てこれをなすが、たゞその代価は現金で支払うという約束であつたと認めるのを相当とし、この認定に反する証人井川克巳の証言部分はにわかに措信できず、他にこれを覆すに足る証拠はない。

(3)  次に右条件の成否、株式譲渡代金の支払等について考察する。

(イ) 昭和二十七年十月三十一日第一期の決算がなされ、その結果が前記第一回定時株主総会において満場一致を以て承認せられたこと、当時原告市太郎の被告会社に対する債務が金二百二十二万千三百三円七銭あつたこと、は当事者間に争いがなく、証人林文平の証言及び原告森脇敏郎の本人尋問の結果によつて真正に成立したと認める乙第二号証、前顕乙第五号証の二、三、第十五号証の二、第十八号証の二、成立に争いのない同号証の三、証人林文平、永島運一、井川克巳(第一回)の各証言、原告森脇敏郎の本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を綜合すると左の事実を認めることができる。

被告会社は前記決算の結果すなわち第一期決算報告書(乙第五号証の三)に基き、同年十一月三十日、森脇側株主に対しても五割の割合による配当を行うほか利益金の分配の意味で利益準備金等をも割増金として支給するものとし、また振洋側株主のために前記二千五百株の額面相当額を立替え、森脇側株主本人並びに代理人としての原告市太郎に対して、これ等の合計額二百二十一万五千九百六十七円を支払いその精算を行つた。ただその数額については右第一期決算承認の際、原告市太郎はもとよりその他の森脇側株主もこれを承認したのであるから当然異議のないものとし、他方原告森脇市太郎は被告会社創立当初から会社に出勤しないで原告森脇敏郎をむしろ自己に代わる者として取締役に就任せしめ、また同年六月頃敏郎が被告会社を辞めた後も同人を市太郎経営の諸事業に携わらせ、被告会社に対しても自己の代理人として金銭の授受などさせていたので、被告会社は敏郎を市太郎の代理人と認めて右計算を敏郎との間に行い、その承諾のもとに、当時被告会社が市太郎に対して有していた貸付金債権二百二十二万千三百三円七銭と対当額において相殺するという形式を以て精算した。しかして原告敏郎は後にこれを原告市太郎に告げてその承諾を得、他の森脇側株主もこれに異議がなかつた。かように認定せられる。

(ロ) もつとも原告森脇敏郎の本人尋問の結果によれば、敏郎が原告市太郎に前記の精算をしたことを告げた際、同人は被告会社からまだ受取るべき金員があると言つていたことが認められ、また成立に争いのない甲第一号証の一ないし二十一、証人船木真、福井周吉、林文平の各証言、原告森脇市太郎、森脇敏郎の各本人尋問の結果によれば、昭和二十八年三月頃訴外文平が原告市太郎に対して、本件株式名義書換手続の請求につきその協力を求めたとき、同人は被告会社から給付を受けるべき金員があることを理由にして右協力を拒否したことが認められるので、原告市太郎は前記精算を諒承しなかつたかに思える。けれども(い)前示乙第十八号証の三、証人井川克巳の証言、原告森脇市太郎、森脇敏郎の各本人尋問の結果および弁論の全趣旨を綜合すると、右株主総会の後、原告市太郎は訴外克巳に対して前記精算とは別の金員の給付を要求したことが窺われ、(ろ)また原告市太郎が被告会社を退くことになれば、同人はさきに触れた金二百二十二万千三百三円七銭の被告会社に対する債務を当然返済しなければならないと思われるし、(は)更に成立に争いのない甲第九号証証人林文平の証言および弁論の全趣旨を綜合すると、原告市太郎はじめ他の原告等は前記株主総会以後、被告会社に対して自己の株主たる地位を積極的に主張し、またはその権利を行使していないことが認められるから、これ等の事実からすれば、原告市太郎も他の原告等も、前記精算以外の金員についてはともかく、右精算についてはこれを承諾しかつ異議がなかつたものと認めるのが相当である。

(ハ) また右精算当時、被告会社の債務のうち森脇側の役員(森脇市太郎)が、個人的に保証をなしていたものは訴外山陰合同銀行に対する金九百五十万円だけであつたことは当事者間に争いのないところ、前示乙第十八号証の二、三の記載内容によれば、同債務は同年十二月初旬頃被告会社において弁済したことが認められ、この認定を妨げる証拠はない。

(4)  果してそうであるとすれば、さきに認定した条件はいずれも成就したことになり、また支払いの手段として特に現金による旨約束したからといつて、後にあらためて反対債権と相殺できないいわれはないから、前記株式譲渡代金が支払われたことになるのはいうまでもない。

二、次に右株券が各譲渡の当時未だ発行されていなかつたことは当事者間に争いのないところ、商法第二百四条第二項は株券の発行前になした株式の譲渡は会社に対して効力を生じないとするから、この点について考えてみよう。

いうまでもなく、右法条は昭和十三年法律第七十二号による商法改正の際新しく設けられた規定であるが、それは同改正法第二百六条が株式の移転を以て会社に対抗するためには株主名簿および株券上の名義書換を必要としたのに対応し、従つて株券が発行されない間は名義書換の手続をとり得ないという技術的理由に出たものと解せられた。けれども昭和二十五年法律第百六十七号による改正法は、右の株券上に取得者の氏名を記載することを廃止したほか、株式譲渡の自由を絶対的のものとし、かつ会社は成立後又は新株発行後遅滞なく株券の発行を行うことを要するものとしたから、かような趣旨から考えると、右改正後の商法第二百四条第二項の存在理由は、単に株券の迅速な発行事務を株主の頻繁な交替によつて惹き起される支障からまもるため、株券が発行されるまでの間を限つて、会社に対する関係において株式譲渡の効力を否定するものであるという外はない。されば、右条項にいわゆる株券発行前とは、会社が成立後又は新株発行後通常株券を発行しうる合理的時期以前を指すものと解すべく、若しさような時期までに会社が株券を発行しないときには、株式の譲受人はその譲渡の有効なことを会社に対して主張しうるとともに、会社がこれを認めて株主名簿にその変更を記載したときは、その株式の譲渡は有効であるというべきである。

本件についてみるに、昭和二十六年十一月六日被告会社が設立せられ、翌月更に新株の発行があつたことは当事者間に争いがなく、また株式の譲渡されたのが翌二十七年六月三十日および同年十二月初旬であつたことは既に認定したとおりであるから、株券を発行しうる時期はつとに過ぎているものというべきであり、また前顕乙第四号証の一ないし二十、証人林文平、被告代表者本人尋問の結果およびそれ等によつて真正に成立したと認める乙第十二号証の二、三、並びに弁論の全趣旨によれば、被告会社は前記林伝および林文平並びに振洋側株主(その代表者井川克巳)の株式譲受を有効と認めてその都度株主名簿に記載し、もつて爾来株主としてその地位を認めてきたことが明らかであるから、原告等はもはや右株式譲渡の効力を否認しえないものといわなければならない。もつとも、右株主名簿の記載後の昭和二十八年三月頃訴外林文平等が原告市太郎に対して、名義書換手続の協力を求めていることはさきにみたとおりであるが、その頃、被告会社がはじめて株券を発行したことは当事者間に争いなく、証人林文平の証言によると株券の発行に際し、後日にそなえて手続を明確にしておくため右の挙に出たことが明かであるから、それが前記株主名簿の記載の事実を認定する妨げとはならない。

なお株券発行前の株式の譲渡は意思表示の方法によつてなさざるを得ず、かつそれを以て足るものと解すべきである。けだし、商法第二百五条の規定およびかの株金払込領収書又は株券に譲渡証書を添付して譲渡の方法とする慣習は、株券または右領収書の存在を前提とするから、本件のように有効な株金払込領収書さえ発行されていない(弁論の全趣旨によりさように認める)場合にはその方法によることができないばかりでなく、わが法制上法律行為は無方式であることを原則とし、また、もともと裏書もしくは譲渡を証する書面によつて株式を譲渡することは、窮局的にはその名義書換の際、会社の調査義務を軽減して名義書換手続を迅速かつ簡便ならしめようとするにあり、従つて株式の譲受人が適宜の方法によつてその譲受けの事実を立証しかつこれを会社において認める限り、譲渡証による方法も絶対的のものとはいえないからである。

第三、以上みたところにより、結局被告の本件株式譲渡の抗弁は理由があるから、爾余の点についての判断をなすまでもなく原告の請求は失当としてこれを棄却すべきものである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山崎林 西俣信比古 飯原一乗)

目録

株式数

氏名

株式数

氏名

株式数

氏名

一二五〇

森脇市太郎

一五〇

山本貞一

二五〇

森脇敏郎

一四〇

森脇清

四〇

松本由造

四〇

井上永治

一〇〇

松本繁次郎

五〇

森脇稔

一〇〇

山本米松

五〇

森脇昌福

八〇

宍道定重

六〇

松本忠太郎

一〇〇

松本豊

一七〇

森脇柳太郎

五〇

内村章

六〇

山本藤次郎

六〇

森脇勇次郎

二〇〇

森脇秀夫

五〇

田原新四郎

三〇〇〇

合計

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